かないの塒

日々の生活のなかで、気づいたこと、感じたことなどを書いていこうと思います。

仲間と学ぶ力、そして、自分自身を整える力、その両方を育てていくこと・・・

  今年は中学3年生の授業を主に担当をします。運がいいことに持ち上がりの3年目です。始めるにあたり、昨年度は「「言葉」を大切にしていこう」と伝えてきました。そして、今年は義務教育最後の年でもあるので、子どもたちには「今を大切にする」というメッセージを最初に話しました。『学び合い』の考えだけでなく、自分をコントロールする方法も伝えていきたいと考えています。仲間と学ぶ力、そして、自分自身を整える力、その両方を育てていくことが、この1年の授業づくりの軸になりそうです・・・。

 

【話をした内容】

9年生になりました。義務教育もあと1年ですね。スタートをするにあたり、一つのものの見方を紹介します。

 

私たちは、「成長」と聞くと、何か大きな変化や特別な出来事を思い浮かべがちです。でも、実際の成長はもっと小さなところから始まります。それは、「今」なんです。

 

例えば、授業の中での1分、1秒。その時に、自分はわかろうと考えているのか、話を聞こうとしているか……。その小さな姿勢の積み重ねが、少しずつ自分を変えていくのです。一つ一つはわずかな違いかもしれませんが、その積み重ねこそが、成長の正体だと私は思います。

 

この成長のイメージを、「雪だるま」で考えてみてください。最初は小さな雪のかたまりでも、転がしていくうちに、どんどん大きくなっていきます。そして、大きくなればなるほど、さらに雪がつきやすくなります。実は、成長もこれと同じです。これを「複利(ふくり)」といいます。

 

複利とは、増えた分もふくめて、さらに増えていく仕組みです。つまり、成長は「足し算」ではなく、「かけ算」で増えていきます。

 

例えば、1時間ごとに1%成長すると、「前の自分に1.01をかける」ことになります。これを繰り返すと、

1回目:1 × 1.01 2回目:1.01 × 1.01 3回目:さらに × 1.01

というように、毎回かけ算で増えていきます。中学校では、1年間におよそ140時間の授業があります。この140時間を使って考えると、同じ140時間でも、過ごし方によって、これだけの差が生まれます。

 

毎回ほんの少し頑張った場合:1.01を140回かけると、約4倍になります。 毎回ほんの少し手を抜いた場合:0.99を140回かけると、約0.25倍(もとの4分の1)になります。同じ140時間なのに、その差は16倍。最初は「たった1%の違い」でも、積み重なるとこれほどの差になるのです。

 

最初は小さな違いでも、雪だるまのように転がし続けることで、大きな差になっていきます。逆に、途中でやめてしまったり、「今はいいや」と思ってしまったりすると、その成長は止まってしまいます。

 

だからこそ大切なのは、「特別なこと」ではありません。

 〇 1つ理解する 〇1回チャレンジする 〇1回人に聞く、説明する など・・・

こうした小さな行動で十分です。一番もったいないのは、やったり、やらなかったりすることです。

 

 かけ算は、途中で止まると伸びません。昨日の自分より、ほんの少し前に進むことです。1つ理解する、1回挑戦する、1つ質問する。その小さな一歩が、次の一歩を生み、やがて大きな成長へとつながっていきます。未来は、どこか遠くにあるものではありません。今、この瞬間の積み重ねの先にあります。

この1時間、この1分、この一瞬を大切にすること。その積み重ねが、1年後の自分をつくっていきます。

 

選ぶのは、自分です。「今、ここ、この瞬間」を大切に……。

完璧な提案なんて、なかなかないです・・・

今日、同僚の先生から「ちょっと金井先生、質問していいですか」と声をかけてもらいました。

 

 ある行事の実施要項を見ての相談でした。生徒を残して監督する時間は書いてあるのに、何時まで残ればいいのかが書かれていなかったということで。その先生と私は同じ担当なので、私に話しかけてきてくれたというわけです。

 

 「担当の先生に『何時までいればいいですか』と聞いてみます」とその先生は言っていました。でも、ちょっとその言い方に引っかかりを感じました。

 

 自分もそうですが、要項を作った先生は、きっといろんなことを考えながら作ってくれているはず。完璧ではないかもしれないけれど、それなりに頭を使って、形にしてくれている。そこに「何時まで?」とストレートに聞いてしまうと、なんだか「書き忘れてますよ」という指摘みたいになってしまう気がしたんです。しかも、その担当の先生も他にもいろいろ抱えているときなので、そんなとき、そういう質問に対して、困ってしまったり、「そのくらい自分で考えてよ…」と感じてしまったりするかもしれないなぁと思ってしまいました。

 

だから、相談してきた先生に少しだけ提案してみました。

「『〇〇が終わる時間が〇〇時ですから、そこまでいればいいですよね』って、確認する形で聞いてみたらどうでしょう」と。

 

質問の中に「こう理解してますが、合ってますか?」という提案を一言添えるだけで、全然違うと感じています。聞かれた側も「そうです!」って言えるし、もし違っても補足しやすいからです。しかも、お互いにスムーズだし、なにより、提案してくれた人への敬意が自然と伝わる気がします。

 

完璧な提案なんて、なかなかないです。それでも、受け取る側がちょっとだけ言葉を工夫するだけで、ずいぶん変わるんじゃないかなぁなんて、感じた一日でした。

 

実に2ヶ月ぶりに・・・

今日は、実に2ヶ月ぶりに布団を外に干しました。ここしばらくは花粉の影響が気になって、なかなか外に出すことができず、布団乾燥機でしのいだり、部屋の中で干したりしながら過ごしていました。

 

もちろん、それでもある程度はふっくらするのですが、やはりどこか「応急処置」のような感覚がありました。外に出して、太陽の光と風に当てるあの感じには、なかなか及びません。

 

今日は久しぶりに思い切って干してみたのですが、取り込んだときに感じたのは、明らかな違いでした。布団がふんわりと膨らみ、軽くなったような感覚。手で触れたときのやわらかさも、どこか自然で心地よいものでした。

 

ただ乾いている、というだけではなく、「整った」という感じがするのが不思議です。やはり太陽の力というのは大きいのだなと、改めて実感しました。

 

日々の中ではつい便利さに頼りがちですが、こうして自然の力に触れると、少し生活が整うような、そんな感覚があります。今夜からは、この布団で気持ちよく眠れそうです。

 

来年18歳になる娘・・・

以前は娘宛の郵便物といえば受験関連のものがほとんどだったのに、最近めっきり増えてきたのが成人式の振袖カタログ。

 

来年18歳になる娘。法律上はもう「成人」になる歳なので、こういう案内が届くのも納得といえば納得なんですよね。振袖の予約って、かなり早めに動くイメージもありますし。

ただ、私たちの区では20歳のタイミングでみんなが集まる式典をやっているので、そういう意味ではまだ2年先の話。「ちょっと早いなあ」という感覚も正直あります(笑)。

 

それでもこうしたカタログを見ると、ああ、いつかこの子が振袖を着る日が来るんだなあ・・・と、親としてはじんわりしてしまいました。子どもの成長ってあっという間で、「大きくなったなあ」という言葉の意味合いも、なんだか変わってきますね。小さい頃の「大きくなった」とは、どこか違う重みがある気がしますね。

 

ちなみに娘は、新しい振袖よりも妻の着物を着たいという思いがあるようで、妻と娘がそんな話をしているのをそばで聞いていると、なんだかじんわり嬉しい気持ちになりました。受け継がれていくものがあるって、いいですよね。まずは大学受験が先!とは思いつつ、遠くない未来を想像した日でした。

 

 

 

職場全体の空気を少しずつ変えていけたら・・・

今年度より、本校はウェルビーイング教育研究推進校となりました。管理職の判断により来年度からの全校実施が決定し、年間を通じて専門家を招く研修日程が組まれました。昨日はその第一回目でした。

 講師の先生のアプローチは終始、押し付けがましさがなく、「今まで先生方がやってきたことを価値づけるだけ」というスタンスが一貫していました。ウェルビーイングカードを使いながら自分が大切にしている価値について対話し、互いを理解していく授業の提案など、実践に落とし込みやすい内容が多かったです。職場のウェルビーイングについても話題になり、学校全体を視野に入れた議論ができたことも収穫でした。

 研修後、管理職・講師・研究主任の話し合いの場に同席しました。その中で「全ての先生に、ウェルビーイングの視点を入れた指導案を1本書いてもらってはどうか」という提案が出ました。私はすぐに「それはやめた方がいいと思います。それよりも、それぞれのやり方で記録を取り、自分の変化が見えるようにした方がよい。後ろ向きな人もいますから」と意見しました。結果として、各自のやり方で記録を取りながら進める方向でまとまりました。

 個人的には、「ウェルビーイング」という概念に対してアレルギーはありません。意味の幅が広い分、自分なりの解釈が許容されるからです。むしろ、これまで自分が大切にしてきた実践や姿勢に、あらためて言葉と価値が与えられるような感覚があります。外堀が整い始めたという実感があります。

 今後大切にしたいのは、教員一人ひとりが「やらされ感」なく関われることです。指導案という形式に縛られず、自分の変化に気づくことを起点にする。そのプロセス自体が、教員自身のウェルビーイングにつながるはずです。研究推進校という立場をうまく活かしながら、職場全体の空気を少しずつ変えていけたらと思っています。

 

 

カリンバっていうんだ・・・

 学年の終わりごろ、息子から「これを買って」とお願いされました。携帯の画面を見ると、木製のボディに金属の細い鍵が並んだ、おもちゃのピアノのような、でもどこか違う不思議な楽器です。

 「これ何?」と聞くと、「カリンバっていうんだ」と息子。

カリンバとはアフリカ発祥の楽器で、「親指ピアノ」とも呼ばれています。手のひらに収まるほどの木製のボディを両手で持ち、金属製の鍵を親指で弾いて音を出します。見た目はとてもシンプルなのですが、その音色は澄んでいて、どこか温かみがあります。

 息子は吹奏楽部で、日頃から音楽に真摯に取り組んでいます。「なんでこの楽器を知ったの?」と聞いてみると、「うーん、わからない」との返答。それでも、何事にも自分から興味を持てることは素晴らしいことだと思いますし、携帯の画面をぼんやり眺めているよりずっといい。そう思って、買うことにしました。

 

実際に音を鳴らしてみると、想像以上に美しい音色でした。放送のチャイムの「ピンポンパンポーン」に近いような、透き通った柔らかい響きとでもいいましょうか。それから数か月。息子は日に日に上手くなっています。私も試しに弾いてみましたが、なかなかどうして、うまくいきません。親が苦戦するものを、息子はあっさり習得していく。まったく、たいしたものです。

 

自分で興味を持ち、自分で楽しむ。そんな息子の姿を見ていると、なんだかこちらまで温かい気持ちになります。小さな楽器が、そんなことを気づかせてくれました。



好きな本の話って、するだけで元気になれる気がします・・・

bookcafeに参加しました。今回は、参加者それぞれが「推し」の小説を紹介してくれる会。本の内容そのものもおもしろいんだろうけれど、なによりその人が「なぜこれが好きなのか」を語るのを聞くのがよかったですね。熱量って伝わるんだよな、と改めて思いました。

 

 今日紹介されたのはこんなラインナップ。村上春樹「沈黙」、五木寛之「雨の日には車をみがいて」、朝井リョウ「イン・ザ・メガチャーチ」、E・B・ホワイト「シャーロットのおくりもの」、ジョージ・オーウェル「動物農場」、中島らも「今夜、すべてのバーで」、犬丸幸平「最後の皇帝と謎解きを」、辻村深月「かがみの孤城」など……。

 

 ジャンルはバラバラ、でも「誰かに読んでほしくて持ってきた」という気持ちはみんな同じ。それがなんか、いいんですよね。私も読んでみたくなりました。ますます積読が増えそうな、そんな一日でした。

 

 そして私は、喜多川泰さんの小説を推しました。なかでも「運転者」は、個人的にいちばんの推し。その思いをみなさんに伝えられたことが、なんだかうれしかったです。好きな本の話って、するだけで元気になれる気がします。

 

ありがとうございました。